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東京高等裁判所 昭和52年(ラ)73号 決定 1977年5月11日

抗告人 田辺製薬株式会社

右代表者代表取締役 平林忠雄

右代理人弁護士 石川泰三

同 武田隼一

同 丁野清春

同 美作治夫

同 大矢勝美

同 伊東真

同 榎本昭

同 吉川彰伍

同 小松英宣

同 野村弘

同 羽田野宣彦

同(但し、東京地方裁判所昭和四六年(ワ)第六四〇〇号事件関係を除く) 青木康

主文

一、本件抗告を棄却する。

二、抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人は、「原決定を取消す。前記併合事件につき抗告人のなした裁判官可部恒雄、同荒井真治、同鎌田義勝に対する忌避申立は理由がある。」との決定を求め、その抗告理由は別紙関係部分記載のとおりである。

民事訴訟法第三七条第一項にいう「裁判官につき裁判の公正を妨ぐべき事情あるとき」とは、原審説示の場合を含み、裁判官と事件との関係において、当該裁判官によっては公正な裁判を期待しえないと一般に思料されるに足りる合理的、客観的事由が存する場合と解すべきである。

そこで、抗告人の本件忌避申立理由(原決定別紙添付の申立の理由。以下同じ。)二ないし四について検討する。

前掲三事件(以下本件という)が併合された東京地方裁判所昭和四六年(ワ)第四五一五号等併合事件の記録(以下本件記録という)によると、本件につき、昭和五一年一二月二一日の第四四回口頭弁論期日において、抗告人主張の鑑定人祖父江逸郎、同椿忠雄の各尋問の申出につき裁判長裁判官可部恒雄が原審認定のとおり(原決定第三丁裏始めから四行目の「本件申出は」以下同九行目の「尋問することはしない。」まで)の告知をしたことが認められるところ、この告知は右鑑定人の書面による鑑定結果の報告、補充説明のほか、口頭によるそれの必要を認めない旨の審理裁判所(口頭弁論においては同裁判所を代表してなす同裁判所裁判長)の訴訟指揮と解され、この種の訴訟指揮は本来審理裁判所の自由な判断に委ねられているものであり、また、本件記録によるも、右訴訟指揮につき違法、不当のかどは全く見当らず、右の訴訟指揮が公正な裁判を期待しえない客観的事由の全部又は一部に当るとはとうてい認められない。また、本件記録によれば、本件について抗告人の主張する文書送付嘱託の申出及び証人申請につきその採否が決定されたことは認められないが、仮に同裁判所が本件につきこれを却下し、あるいはその採否を留保したものとしても、右同様同裁判所裁判官を忌避する理由とはならない。

次に、抗告人の本件忌避申立理由五(1)の主張について判断する。

本件記録及び疎甲第一号証によると、昭和五一年九月九日の本件口頭弁論における同裁判長の発言中に抗告人の右主張に沿う発言部分のあったことが認められるが、同時に右記録及び同号証によると、同日の右の発言の全体は本件について審理裁判所が職権により和解の勧告をなすにつき同裁判所裁判長が同裁判所を代表して当事者双方にその所感を述べたものであることが認められる。

一般に、裁判所が事件についての定見なしに訴訟上の和解を勧めることはむしろ差控えるべきであり、また、事案により程度の差こそあれ、訴訟上の和解を勧告するに際し、審理裁判所が事件に関し率直な意見を述べることが必要な場合もあると考えられるところ、これを本件についてみるに、右記録及び同号証によると、右発言全体の趣旨は、本件について審理裁判所が和解を勧告するに当り、本件の特殊性と審理の経過にかんがみ、和解による早期解決が相当である旨を説示し、併せて右和解の方向につき見解を表明したものと認められ、これにつき違法のかどはなく、また、裁判所の発言としてその限度を超えた不当なものとみることもできない。むしろ、本件及び同裁判所に係属中の関連事件の各記録によれば、本件及び右関連事件のような大規模訴訟における勧解については、裁判所が事件に関する見解を率直に表明し、関係者の理解と協力を求める必要があったものと認められる。右発言の一部をとらえてこれが忌避原因の全部又は一部に当る旨の抗告人の主張はとうてい採用し難い。

進んで、抗告人の本件忌避理由五(2)の主張について判断するに、前記口頭弁論において審理裁判所裁判長が抗告人の主張するような趣旨を述べたことについてはこれを認むべき資料はないが、仮にこれがあったとしても、前記勧解をするについての裁判所の所感表明の一部分とみられるべきもので、前説示のとおりこれまた忌避原因の一つになるものとはとうてい考えられない。

次に、抗告人の本件忌避申立理由五(3)の調書未整理の主張について考えるに、疎甲第九号証によると、昭和五一年末頃現在において本件又は前記関連事件の調書の一部に整理不十分の部分があったことを窺うことができ、調書の未整理は、これを避けるべきであることは言うまでもないが、本件及び右関連事件のような大規模訴訟においてはある程度避け難い場合のあることも認めざるをえないところ、抗告人主張のように本件調書の未整理が審理裁判所の不公正な意図に基く等のことについてはこれを認めうる資料はもとよりなく、本件記録によると右調書部分はすでに整理され、当事者の不便も解消していることが認められるのであって、右未整理があったことを忌避原因の一つとする抗告人の主張もまた理由がない。

その他、本件記録及び関連事件記録を精査しても、本件審理裁判所裁判官らの法廷の内外における言動につき本件当事者の一方に不当に左袒し、公正な裁判を期待しえないと思料されるに足りる客観的事由があるとはとうてい認められず、抗告人の本件忌避の申立は、その個々の主張において、またこれを総合しても、理由がなく採用し難いものである。

右の次第で、本件忌避の申立は却下すべきものであり、これと結論を同じくする原決定は結局相当であって、本件抗告は理由がない。

よって、本件抗告を棄却することにし、抗告費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条に従い主文のとおり決定する。

(裁判長判事 外山四郎 判事 海老塚和衛 鬼頭季郎)

<以下省略>

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